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甲州街道を歩く旅[38番韮崎宿から43番上諏訪宿]②


街道 二日目 昨夜は宿泊したホテルでゆっくり休めました
朝、甲府駅から韮崎駅までJRを利用しましたが、丁度通勤ラッシュ時と重なり満員
列車。 韮崎駅前で、一日4便しかない山梨交通バスを待ちます
前日のゴール地点「台ケ原宿」まで来ましたが、乗客は「爺」と地元の女性一人
のみでした。下車時に運転手の方から「帰りもここから乗りますか?」とお声がけが
ありました
「いいえ、ここから先は街道を歩きます」と答えると、歩く?不思議そうな顔をしていま

した。  良くある事です!

甲州街道2-1

台ケ原宿はここからです、天気は快晴・・ 富士山が期待出来ます。

   「日本の道100選」に選定されている街道を歩きます

甲州街道2-2

 秋葉大権現常夜石灯篭で写真 ここが本陣跡です 旧街道らしく立派な「松の木」

 が植えて有る家が多くあります

甲州街道2-3

宿場中ほどに、江戸時代(1750年)創業、山梨銘醸(株) 歴史の老舗酒蔵です。

軒先に立派な「杉玉」が吊してありました 蔵元一押しは 「七賢 大中屋 純米大吟

醸」甲斐の国駒ケ岳の伏流水で仕込んだお酒は、清らかでキレのある味わいが特徴

スイスのダボス会議の公式レセプション4年連続で使用されている 銘酒だそうです。

  店先で「写真を撮らせて頂いて良いでしょうか?」お聞きしましたが、どうぞ、どう

ぞと・・・「お酒の試飲はいかがですか」と言われましたが、その雰囲気に負けてお断

りしてしまいました

隣の母屋は明治天皇ご宿泊の「行在所」見学も出来る様でした。建造物や、売り場

などの全体に歴史を感じる趣きのある酒蔵でした。

甲州街道2-4

「七賢酒蔵」の向かいは、「金精軒」という和菓子屋さんで、明治35年の創業、山梨

名物「信玄餅」はこの「金精軒」の登録商標だそうで、歴史のある店舗が並んでいます

「登記所跡」と「台ケ原一里塚跡」の前を通過します

甲州街道2-5

「諸国旅人御宿屋鶴屋」と書かれた旅籠が有りましたが、営業はして居ないようです?

秋晴れの街道をしばらく歩くと、干し柿にする「柿」を収穫に来た地元の方と会い

ました10分程、この地区の畑の話を伺ってから、カメラのシャターを切って頂きました

甲州街道2-6

国道20号の表示板には諏訪31キロの表示 左側に大きな常夜燈が有ります 国道を

離れ しばらくで眼下に広大な田畑が広がります 「明治天皇御田植御通覧之址の碑」が有

りましたが  江戸時代から明治の新政府になり、まだ政府の基礎がまだ固まらず、明治

天皇全国六台巡行の際この地区にも立ち寄られ、この場所から田植えをご覧になった

場所です 教来石宿に入って行きます

甲州街道2-7

 前後しますが、白洲地区に入ります。濁川橋を渡りしばらく行くと、サントリー製樽工

場があります。この辺りウイスキー博物館やサントリー白洲工場 周りはサントリー関

係会社ばかり そういえば「シングルモルト白洲ブランド」の高価なウイスキーが有

りました  あの有名なウイスキーはここで作られていたんですね  洋菓子のシャト

レーゼの工場も近くにありました。 

甲州街道2-8

 郵便ポストを見ると、収集時間は一日一回のみでした。

 山口関所跡、信州口を見張った国境の番所で標示によると。

天保七年大きな百姓一揆が有り「甲州騒動」の暴徒がこの地に押し寄せた折

防止せず門扉を開いた判断をとがめられ、番士が「扶持召し上げられ」の

処分を受けたことである関所です 甲州と信州の国境まで来ました

甲州街道2-9

  石碑があります これは教来石出身の山口素堂の句碑です。

有名な 目には青葉 山ほととぎす 初かつおの有名

な句碑があります 「日蓮上人の高座石」のあるところで遅い昼食です。その昔、村

に悪病が蔓延しその時日蓮上人が村人の為、三日三晩祈祷を行ったようですです 

「爺」もここで一休みです。

甲州街道2-10

蔦木宿(ツタキ宿)に入って行きます 民家の軒下に日に照らされて「干し柿」が

吊るされています 秋ですねぇ~!  

甲州街道2-11

街道の家々には江戸時代の屋号が記された「表札」が下げられております 

 街道の風情は感じますが。この町並みは、旧東海道や旧中山道、でも見かけま

したがここでも人々を見かけず 住民が生活している気配を感じません

 旧街道・・寂しさです

甲州街道2-12

今日はここまでで「歩き」を打ち切ります 「秋の日はつるべ落とし」と言われるように

午後三時頃から、急に寂しい夕方になって来ます 人それぞれの感じ方ですが

 「爺」は、街道歩きをしている時、特に「秋の」この情景は好き

でありません ですから 秋の時期の街道歩きは早い時間から歩き始めて、

午後は早めに打ち切る これを実践して歩いています

旧街道のルートから少し外れて、 JR中央東線「富士見駅」で二日目をゴール。

昨日と同じ甲府駅前のホテルまで戻ります 戻る車中から「富士山」が美しく

 望めました 三日間で、すばらしいに富士山が見えたのはこの一回だけでした

     今日は良く歩いた33000歩 25キロを歩きました
                 
                                  ------ つづく------



[ 2018/11/16 06:30 ] 甲州街道を歩く旅 | TB(0) | CM(0)

甲州街道を歩く旅[38番韮崎宿から43番上諏訪宿]①

旧甲州街道を歩いてきました
2008年夏から始めた「旧街道歩き」も10年になりました。
東海道 中山道 山陽街道 甲州街道 その他脇街道を含めて 2000キロ程の歩き
旅を続けて来ましたが、今回の甲州街道で一区切りを着けようと旅立ちました。

甲州街道地図2018 
(この地図は街道歩きの大先輩アンドーさんの物をお借り致しました)
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都合で前泊が東京多摩「町田市」、早めに宿を出て韮崎駅に着いたのが9時過ぎ

日本橋から三十八番目の韮崎宿をスタート 天候も良く楽しい歩きが出来そうです

韮崎宿から上諏訪宿まで約65キロ 甲州街道は山間部でアップダウンがあり、一日

で歩ける距離が読みにくい。韮崎宿の標高は350m、これから先標高1000m近くまで

登坂が続きます

甲州街道1-1

韮崎(ニラサキ)の名の由来は、街道右手に韮の葉のように30キロほど続く「七里岩」の壁の

ような台地 その台地には韮が自生していたとの説があります

甲州街道1-2

どこの宿場もそうだが、人々を見かけないヒッソリしています 宿場に見られる家並みが

ここもギザギザに建てられているなぜか?諸説あるが敵が攻めてきたとき守りやすく

する説、大名行列が通るとき、地べたに座り頭を下げて居るのが辛く隠れやすくしてある

説等・・・ 風刺の効いた歌に「〇〇〇宿いつ着て(来て)てみても 襞(ひだ)のとりよで

襠(まち=町)悪し」この宿場は袴のひだをとったようにギザギザで見通しが悪い

甲州街道1-3

空海が観音石仏を安置したと言われる「雲岩寺」を訪ねた後 国道20号へ出る 諏訪まで50

キロと書いてあるが旧街道はそんなに近くはない距離。  「七里岩」台地が続きます

甲州街道1-4

仏碑を見て、気が付いた・・「昼食を買うのをすっかり忘れていた!」

近くにコンビニは無い・・郵便配達の職員に尋ねたら、ず~と向こう5キロ程先に

コンビニがあるよ!との事。 しかたない歩こう

甲州街道1-5

この辺の側溝に流れる水はすごく綺麗、しかも流れの底の方は真白い砂も同時に流れて

いる、その砂があげられて道端に積んである。多分「七里岩」から流れ出る水と関係があり

そうですが、その事を聞こうにも誰にも出会わない。

甲州街道1-6
甲州街道1-7

古道は石仏をよく見かけるが、見るからに時代経過が長く刻印されている文字も

読めない 街道歩きの方からこの辺から「富士山が見渡せる」と記されいるが、

今日は、残念ながらまったく見えません 住民を困らせた「釜無川」を過ぎて小高い所

に「原山神社」がありました。この神社珍しく「両部鳥居」です 先輩が訪れた時、拝殿が

荒れていたと記されていましたが、修復されて立派な拝殿になっていました。

甲州街道1-8

右手に「八ヶ岳」を眺めながら「徳島堰(せき)」と呼ばれる水路が続きます

氾濫を繰り返す「釜無川」からの水流を利用した16キロに及ぶ灌漑用水で

江戸深川の商人「徳島兵左衛門」が私財を投入して工事が始まり官民の

協力によって完成された 今ではその水流を利用して「発電」が行われています

甲州街道1-9

一里塚跡がありますが「甲府から」と書いてある…新しい碑なので何かな?

 庚申塔がありますが、個人の敷地のようです

甲州街道1-10

この辺りは街道とJRの駅とはかなり離れている。今日は「台ケ原宿」から山梨交通のバス

での移動手段しかありません。

バス待ちをしていると、街道歩きをしている10人程の男女のウォーキンググループの方と

お会いしました、バスに同乗してお互いに楽しい歩き話をしながら駅まで帰りました。

 「爺」の今夜の宿は甲府駅近くに予約済、 明日はJRで甲府駅から韮崎駅まで来て、今日の

バスに乗り換えて再度「台ケ原宿」まで向かい そこから歩き出す予定です 明日の天気は

  晴天予報

                 ---- つづく ---
[ 2018/11/12 16:22 ] 甲州街道を歩く旅 | TB(0) | CM(2)

晩秋の風物詩・・・干し柿


   干し柿・・・

もう13~14年以上前になります。頂き物の「富有柿」を孫が食べた後、観葉植物の鉢の隅に

「芽が出るかなぁ~」と「種」を差し込んでおいたら、まさか!芽が出ました~~桃栗三年柿

八年・・・・経過したのに柿が出来ない。 実が生らないし切ろうと考えていたら、九年目に

「富有柿」でなく、小っちゃな「渋柿」が六~七個生りました (柿は接ぎ木をしないと甘柿は

 出来ない・・後で知りました)


柿-2

 それが今年は、三十個程実が生りました。 驚きましたョ~

孫にとっては「自分で育てた唯一の生き物」我が家に来る度に、少しづつ大きく成る

「自分の柿の木」
をチェックして、楽しみにしています。すべて自分一人で大切に食

べるようです 

  種を植えた孫も、もう中学生・・我が家の風物詩「干し柿」です








[ 2018/10/30 13:26 ] 日々 | TB(0) | CM(0)