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山陽街道を歩く ⑧の1


山陽街道を歩く旅
御庄宿(新岩国)から小郡宿(新山口)まで 70キロを歩いてきました

山陽街道歩き旅blog用

昨年の冬二月頃 西条 広島 廿日市 あたりの山陽街道を歩いてから、1年以上が経過してし

まいました 「爺」がウォーキングを始めたのは「旧街道を歩こう」がきっかけです・・・・2DWや

協会の例会に参加したりでしばらく「街道」から、遠ざかっていました。・・・・気分転換に「山陽

街道」」の続きを歩いてみたくなり また出かけました

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朝 金沢始発5時 米原経由 で前回のゴ~ル地点山口県「新岩国駅」に向かいました

やっぱり「旧街道歩き」は全く知らない所へ出向くので、歩くルートや下調べが一ヶ月は必要で

その準備段階でだんだん夢が膨らみ 楽しい期間でもあります

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さて、初めての「新岩国駅」・・・毎回 「街道歩き」初日は どんなドラマが待っているか 少しの緊張と

期待感で気持ちが高ぶります それと今回はしばらくぶりに歩くので、少し前に痛めた「足と膝」の事

も気がかり 少しの不安はあります しかしそれも含めて「街道歩き旅」です

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近所の方のお世話の行き届いた「地蔵菩薩」・・・・・見慣れた旧街道です  

アマチュア無線のHFアンテナがあちらこちらに見えます 

「爺」も昔、趣味でアマチュア無線をやっていたので、良く分かりますがやはり「山間部」で

短波帯の電波を使って交信している方が多そうです

山陽23-4

こちらには「道祖神」のようだが1体だ!!  この家は住人不在のようで 

軒下に懐かしい「リアカー」だ!! 、古い町並だが人の気配がない

遠くに錦川鉄道の御庄駅が見えるが、今は名称が「清流新岩国駅」に変っている

山陽23-5

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古宿の集落に 「山陽街道歩きの先人」が見損ったと記している 「千体仏」を発見した

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お参りをして、写真を撮っていたら、突然「ようおいで下さった!」と年配の方が出てこられて

この「千体仏」の事について説明をして頂きました・・・この千体の仏の中に「旅のお方」に

似た仏さまが必ずおられますから、探してみて下さい?・・・・そうですか?(困りましたょ~)

山陽23-8

この辺「栗」の産地です   田んぼの向こうの登坂が唯一「昔のまま残っている旧山陽道」

だと 「千体仏」の説明をして頂いた方から、聞きました

山陽23-9

いよいよここからが 欽明路道最大の難所 「中峠」を超えて行きます 「爺」も「熊よけ鈴」を付けました

かなりの急坂を登って行くと 左下に「欽明路隧道」が見えた・・・よく見ると歩道があるではないか?

また元の道まで戻ります(こんな事はたまにあるのですが、google mapのストリートビューで

下調べした時は、歩道が写っていなかった)近所の方に聞いても「歩いて通る事は出来るがあの

トンネルは危険ですよ~」と言われた 40分位のタイムロスですが、思案の結果、危険なトンネル

を行くことにした   

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トンネル通行は村の方が言われた通り、大型トラックがすぐ近くをビュンビュン通り「大変危険でした」・・・

初めてスマホのライトを使いました(笑って話せますが、熊より恐ろしかったです)

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くが宿-1

玖珂本郷宿(くがほんごう)まで来ました

「義民田坂市良右衛門」の大きな石碑・・玖珂は岩国領であり、そこに悪代官がいた 代官は
重税を課して悪政を行い民を苦しめた。田坂市良右衛門は悪政を改めるように進言して幽閉
されたが、屈せず、最後は無罪となって、積年の弊害も取り除かれたそうである

写真上が今の町役場の「町民憲章」  下が「義民田坂市良右衛門」の石碑

山陽23-12

ゴールです・・・・JR岩徳線「周防高森駅」到着しましたが、今夜の宿泊予定「徳山駅」行きの 

次の列車まで約2時間の待ち時間があり  それまで「爺」と同年代の駅員さん?と雑談・・・

 江戸時代には周防国 幕末は長州藩の地元ならではの、世間にあまり知られていない

逸話などを聞きながら・・あっという間の2時間でした これこそが街道歩きの楽しみの一つです。

                        -----つづく-----



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[ 2016/09/28 13:40 ] 山陽街道を歩く旅 | TB(0) | CM(2)