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山陽街道を歩く旅④

山陽街道ルート

久しぶりに「山陽街道」の旅に出ました
今回は、JR山陽本線「三石宿」から岡山「板倉宿」まで、約60キロの予定です

岡山県の旧国名は『吉備』です。  これは「キビ」の収穫量が多かった事に由来する地名だと言われています

「キビ」と言えば桃から生まれた「桃太郎」が有名で「♪♪お腰に付けた吉備団子♪♪」という事からも

「キビ」産地だった事が想像できます

備前、備中、備後の三備の内、今回は「備前の国」を歩きました

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   自宅を早朝に出発して、前回の終着駅、山陽本線 「三石駅」を下車したのが10時54分

駅からの階段を降りると、すぐ三石の一里塚がありました

焼き物の産地が近いこともあり「焼き物関係の工場」の煙突が目につきます
 
三石明神社でお参りをして、街道歩きスタートです  今夜の宿は「岡山」に予約してありますので

少しでも先に進んでおきたいのですが、どこまで行けるか・・・・・

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時間が半日しかありませんから20キロ歩ければ上々ですが、未知の道を歩くので、先がハッキリ読めないのが

街道歩きで、計画通り進まないところでもあり、面白いところでもあります・・・

今回もさっそくアクシデントがありました。知らない旧街道を歩くに一番頼りにしています

ルート案内のGoogleの「Nexus 7」のルート地図の 「Wi-Max」受信電波が「圏外」表示になってしまった

ので「Wi-Fi」が使えない・・・     事前に、この様な山の中では「電波が圏外」になるのでは

ないかとの、予測は出来ていましたが、最初からこうなるとは・・・・・これは想定の内で

それでも何とか予定のルートを進むことが出来ました

「爺」も色々な街道を歩いてきた事で、知恵が身について、ハイテクより過去の経験が生かせました(笑)

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街道は、日本六古窯の一つ備前焼の産地の伊部宿を通過する、備前焼の窯元の四角い煙が所々に見られる

備前焼は桃山時代にかけて、茶道の発展とともに茶人に人気が高まるが、江戸時代には茶道の衰退とともに衰え

現在では「水瓶」や「徳利」など実用品の生産が中心のようです

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今回、「備前」を歩いて不思議に思ったことが、一つあります  それは、この街道沿いにある

「神社」や「寺院」通じる参道の階段が、他の街道にあるそれと比べかなり急こう配に造られて

いる事。   「爺」の個人的思いでは、瀬戸内海と後ろの山岳地に挟まれ、しかたなくこのような造り方に

なったのでは無いか と・・・?


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今日のゴール予定 「JR赤穂線の香登駅」に到着しました 全くの無人駅で乗客は、「爺」とあと

地元のお嬢さんの二人のみ、岡山駅に向かいました

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昨夜のホテルでは、ぐっすり眠れました  さほど大きくないホテルでしたが、なかなか

いいホテルです。二連泊で予約していますので、今朝はゆっくり出発です

「爺」も長く街道歩きをやっていると、慣れてきて、最近は連泊して、事前に荷物をホテルへ宅急便で

送って当日は、軽装で歩くようにしている。その方が楽で楽しく進めます

岡山駅から昨日のゴール地点「JR香登駅」まで戻ります。やはりこの駅で下車したのは3~4人のみ

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しばらく歩いていますと、すごい光景に出くわしました(右側の写真ですが山のすそ野を削りとり中央に

道路が通じている)これぞ自然破壊、あそこまでやらなくても、少し距離が遠くなっても回れば良いのに・・

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昨日も思いましたが、この総社八幡宮の本殿まではかなり長い急階段を登らなければ行けません

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岡山城です・・下見板が黒いことから別名「烏城」と称し、お隣の姫路城の「白鷺城」とは色彩面でも対照的です

・・・今日は25度超えの暑い日で城内で、一休みしていると、ボランティアガイドの方に

声をかけられ、「どこから来られましたか?」「ええ石川県からです」「そうですか、石川県と言えば

加賀百万石」  岡山城の外様藩主 池田綱政公と、加賀藩主前田利家公とは、親戚同士で・・・・

という話を約30分ほどお聞きをして   すぐ隣の「後楽園」を見学  大変美しい庭園で

観光客も沢山で、 海外からの観光客も来られていました  水戸の「偕楽園」、金沢の「兼六園」もそう

ですがこのような、心安らぐ美しい庭園も、裏方さんの日々の努力によって美しさが維持されているのでしょう

二日目はここで終了

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三日目 岡山城近くから出発・・

備前の「吉備津彦神社」国境を通って 備中の「吉備津神社」まで約12キロを歩きました。この両社は、古代の

豪族 氏神 吉備津彦命を祀っている かって京の都の人々は、ここには、鬼が住むと恐れられた

桃から生まれた桃太郎の鬼退治伝説が、語られるようになったのも、ここからです

最終日は、自宅に帰らなければならず 半日行動です
 
今回の備前の旅60キロを何事もなく無事に完歩出来たことに感謝し「吉備津駅」から帰路に着きました

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----つづく----

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[ 2013/04/28 10:00 ] 山陽街道を歩く旅 | TB(0) | CM(2)