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「旧東海道五十三次歩き旅」を振り返る


○ 「爺」は2007年頃から、 漠然と「旧街道歩き旅」をして見たいと、考えるようになり
  
翌年2008年夏から「旧東海道歩き」をスタートしましました。2年後、東海道53次492キロ

を完歩 しました。 しばらして、旧中山道69次530キロを再開しました(私が歩いたのは京

三条から長野上諏訪 まで318キロ)完歩しました・・
  
冬の氷道の旧中山道では滑って歩くのが大変だったので・・・暖かい西国街道(京都東寺

から神戸 西宮まで60キロ)を歩き、そのまま続いて西日本へ向かい、NHK大河ドラマ「平清

盛」を放送していた頃だったか 旧山陽街道(西宮から下関、福岡県小倉宿まで550キロ)を

歩き出し、昨年2017年10月に完歩しました。  

  その頃同時に、旧甲州街道(日本橋から長野上諏訪まで)38宿209キロも歩き始めて

いて、現在はまだ途中で154キロ地点、「韮崎宿」まで来ましたが、後もう少し残ったままで

何とか完歩したいと思っています               

  ・・・・・・「旧街道歩き」を初めて10年が経過しました・・・・・・

旧街道歩き旅は、「あくまで自己満足の世界です」ゴールしたから、どうとか!しなかったら

どうしたとか・・・強いて言えばガイドブックには、載っていない未知の処を訪れ地元の方と接

することが出来る「わくわく感」のようなものかな!。 
  
五街道完歩までは、まだまだ「道半ば」ですが、ひと区切りに旧東海道からスタートした頃を

振り返ってみる事にしました

○ 下記の「街道歩き旅」の記録は、当時「PHP・ほんとうの時代」の会に参加をして いました。

その会で体験談を発表した時の、記録です・・・・・


  
東海道53図


  旧東海道五十三次を(492キロ)を一人で歩いてみよう


 1 歩くきっかけは!
 
バカなことをやって、達成感を感じてみよう (一番原始的な交通手段、徒歩で)
当時ベストセラーだった五木寛之さんの「林住期」を読んで….それなりの時期が来たら、「必要」からでなく興味」によって何かをする。それに共感して、仕事が終了したらと、以前から自分の中に、漠然と小さい夢として持っていた 「健康的、浮浪者」をやってみたい。

「常に小さい目標」を持つことで、日々を元気に過ごすことが出来る。
  いつまでたっても、「ロマンを追いかけ」いつも「小さな目標」もって日々を過ごしたいなぁーと! 

今はもう亡くなりましたが、96才まで元気いっぱいだった 妻の母親が、常に「小さい目標」を持って日々の生活を過ごしてい
たのを、間近に見ていて、目標を持つことの大切さを感じました。

定年退職をして時間を持て余している御主人が、暇をつぶすのに、そんな事にはあまり気乗りがしない奥さんを連れて、話題の「四国八十八寺巡礼の旅」全行程1200キロの歩き旅に出かけて見るのも良いのですが…?(私もここは興味が有り調べてみましたがこのコースはかなりタフな歩き旅です)
自分としては当時放映していた「NHKの旧街道てくてく旅」の方が共感を持てた。 その頃通っていたスポーツジムも一年行ってみましたが、どうも変化が無くて惰性になって来た。 

ウォーキングは、前からやっていたし、知らない所へ出かけるのは、「ワクワクする未知への旅」が好きだったし、その計画を立てるのも好きでした・・など

 2 いろいろ調べてみました・よし!旧東海道を歩いて見よう

 旧東海道を何日でどうやって歩くか? お金は無いが、時間だけはたっぷりあるから、少し仕事もしている事だし、何年か時間をかけてそんなに急がず、宿場をつなぎながら好きなように歩いてやろう(わざとユッタリズムの気持ちで)

調べると当時の旅人は、東海道492キロを、12日~15日で歩いたと書いてある。とすると(一日平均10里 約40キロ、 
女性でも一日6里約24キロ程をウオーキングシューズでは無く「わらじ」を履いて歩いていたのである 

 ♪♪お江戸日本橋七つ立ち♪♪ですから、今の午前四時には旅籠を出発していた事になるわけで、昔はもっとゆったりと旅を楽しんでいたのかと思っていましたが……そうではなく朝の早い時間から旅支度をしてそれなりに急ぎ旅をしていたようです。 

 それが今では新幹線で大阪から→東京まで2時間半…で行ける時代なったのに…。現代の多くの日本人の「旅」のスタイルは、昔と変わらず、時間・時間に追われて、セカセカと旅をする。
これは自分を含めて多くの日本人の性分か? 大陸育ちと島国育ちの差か・・「狭いニッポンそんなに急いでどこへ行く」

 近年、年間三千万人もの多くの外国からの観光客が、日本を訪れていますがが、私の知る限り、海外からの旅人、特に欧米からの旅人は日々の生活感の違いなのか、「旅」に対する価値観が我々のそれとはかなり違うように感じます。
まぁー「旅」を楽しむのは、それぞれの人の感じ方ですから!  いろいろあって良いと思います。
 
  街道を歩くにあたり、過去に旧東海道を、歩いた方々のホームページや、ブログを見て参考にしました。マンホールの写真を撮りながら歩くマニアックな旅人あり、歴史通のコウシャクあり サラリーマン退職熟年夫婦のテクテク道中ありで、北海道北端から九州南端までリヤカーを引っ張って踏破した年配の方や、 ハンディGPSとパソコンなどデジタル機器をお供に日本縦断歩き旅をしていますと言われる「名付けてe旅歩き旅」を楽しんで居られる方など、歩き方もそれぞれです。

 現在、私はJRで少しアルバイトをしています。鉄道については多少知識が有ります。年に3期間(夏季は7/20~9/10)「青春18キップ」が発売されます。こんなキップはこれまで利用する機会が無かったキップです。ぜひこの機会これを利用してみようと思って計画して見ました。
 
*青春18キップとは 一年に春.夏.冬の3シーズンJRから 発売される 日本全国のJRの普通
列車. 快速列車に途中下車自由の乗り放題切符です。
1枚で1日有効×5回分 11500円。年齢制限なし 1人1日1回を5回使ってもよし5人で一度に
1回往復旅行もよし、使い方次第で格安に旅行する事ができます。 あまり鉄道を利用して遠出
した経験の無い方や、時刻表を見るのが嫌いな方などは、何度も乗り継ぎや、待ち時間が発生
しますので、まず近距離で体験してからの方がお勧めです。


  話は飛びますが、私が「青春18キップ」を使って、滋賀県の草津線に乗ったとき車掌が「車内検札」に来た、その車両に乗っていた自分を含めて、七割位の乗客がみんな「青春18キップ」でした。驚きでした。自分も務めている駅でよく見かけてはいましたが、こんなに沢山の方が利用しているとは知りませんでした!

 3 そこでいよいよ歩く準備です

 まず、せめて1日20キロは歩けるようになろうと思いました。 歩くことは15年以上前からウォーキングをしていましたので、ある程度自信はありましたがウォーキングで歩数、八千歩、一万歩で距離4キロ~8キロ歩くのと、20キロ以上の距離を一人で歩くのは、まったく違う事に気が付きました。 私の足では、ウォーキングは歩幅70~75センチ位で歩きますが、長距離を歩く場合は60センチ~65センチ位にして歩かないと疲れてとても無理だという事も知りました。                            

 練習にと自宅の近所をリュックをかついで20キロ程歩いてみました。坂道の多いところや、小山に登ったり 雨天にも歩き、それを4~5回繰返して歩いてみるといろいろな、疑問が湧いてきます。

 靴はどうする? 雨具は、下着類は、カメラなどを詰めて歩くわけですが、山中で食事はどうする? 何せリュックをかついで歩くことは小学校の遠足以来ですから。
まずは、スタートして見ないと現実が分からない。(歩いた方の多くは、コンクリートがこんなに硬いとは初めて実感したとか….田舎道、思いがけなく遠く感じるとか?…書いてあります)
考えていても体験しないと分からない事ばかり!

 4 猛暑の7月末スタートして見ました
 
 7月30日・31日スタートしました。最初の日は京都方面 気温36度の晴天、猛暑日です。
草津宿から京都三条まで、27キロを二日で歩く計画でした。草津宿から→大津宿泊(ガイドブックによると14.3キロと書いてある)

 実際に歩いてみると、31161歩 20.25キロ 実走行時間6時間(やはり始めてなので、コースを間違えるし、ガイドブックに載っている所を、あっちこっち興味を持って寄り道するからだ!)

 大津宿泊から→京都三条→戻って、山科を経て→草津から→草津線の手原駅(ガイドブックによると行程16.1キロと書いてある)実際に歩いてみると、29554歩 19.21キロ 実走行時間7時間(京都は見学所が多い)

 草津宿と大津宿の境、「瀬田の唐橋」近くで関西からの60歳代くらいで10人程のグループの皆さんで、東海道53次を京都三条から日本橋に向け逆走している方と会いました。「がんばれよぉ!」「お互いにぃ!」とか声を掛けあって一言、二言ですれ違いました。(こちらも、相手の方も一見てそのような格好をしていますし、細い道ですからすぐ分かります)

 別れてから、又、すぐにこんどは横須賀のご夫婦で、私と同世代の方とお会いしました。   
日本橋からスタートして、3年かけて歩いて来て「明日が最終目標の京都です」との方に出会いました。
自分は「今日からスタートで今夜、大津一泊で明日京都です」と告げると! じゃぁ一緒に大津までどうですか?と言う事になり
そのご夫婦と、3人旅で、その方から、自分が今から向かう東方面の状況「難所の箱根峠」「鈴鹿峠」「富士山付近」の事などをお話頂き、先々の参考にさせて頂きました。
その方も定年退職組で、少し仕事をしながら、あとは好きなことやって楽しんでいますと言っておられました。 

 奥さまも「私は、この人の後を付いてきただけで食事の係りです、方向音痴で、道も何も分からないです」と!。
 ご主人は、私はマニュアル人間で、今でもパソコンには触っていません」との事。 
「街道でお会いする皆さん詳しい地図をパソコンから、プリントして持っていらっしゃいますが、私はこれだけでと(ガイドブックのみ)日本橋からここまで来ました。「まぁ、口と、目と、手があれば何とかなりますよ! 分からなったら、すぐ地元の方に尋ねます。けれど箱根峠は困りました。訪ねようにも人がいない」 など面白い話をしながら、36度の炎天下をてくてく大津宿へ向かいます。 

 その方とは大津宿の義仲寺(ぎちゅうじ)(木曽義仲と芭蕉の墓がある、芭蕉の句碑や弟子の句碑がある)で又、「明日お会いするかも知れませんが、お元気で!」と言って別れました。

 次の日朝6時半ごろ大津宿のホテルを出発し、京都三条まで歩きました。到達後 草津に戻り又、草津線の手原駅まで歩き。
第一回目を終えました。

 5 第一回目の歩きで、いろいろ勉強しました 

一番は「地図」です。スタートする予定の「駅」で下車したとたん、駅前にロータリーがあって、何本も道が出来ている。はたして旧街道はどの道だ? 尋ねるが地元の方も、旧街道はどれか興味すらない。地元で生活するには、そんなことは、当然どうでも良い事だ!  

時間をかけて、詳しく調べて行ったはずですが、旧東海道は、国道になっていたり、裏街道になっていたり、普通の民家の裏が旧道だったり、雰囲気のある石畳になったり、鉄道やトンネルになっていて道が突然消えたり、分断されて橋が無かったり、それなりにいろいろと面白いですが旧街道には、全体に歩道がないのが当たり前、当然ですが、これも近くに直線のバイパスや新道が出来て、旧街道は置いてきけぼりになっている所が多いのが旧街道の現状です。まあ、そんな感じで「東海道五十三次」を歩き始めました。

7月から9月まで3ヶ月かけて京都三条から桑名宿までつないで来ました。  
いろんな出会いあり、珍しいものに出くわしたり、中でも7回も東海道を歩いている60代の女性にお会いしてびっくり。

だんだん自信も付いてきましたし「のんびり旅」は今始まったばかりでこれからです。 

 旧街道歩き旅には、新幹線や高速道路の旅では味わえなかった何か魅力がある事を少し感じて来ました。
「五十三次宿場制度」が出来てから400年です 
歩いていると実感は、日本はすごく広いなぁと感じます。 帰って「世界地図」を見ると、世界全体の大きさに比較して、日本の国土の小さい事に改めて驚きます。  

    
      昔は宿場町で栄えたであろう町が、今では辺ぴな山里になっていて過疎化」空き家が
      目立ちます。しかしその里には永く歩んできた歴史や昔から続く人々の営みがあります。 
      言葉ではうまく表現出来ませんが、先祖とのつながり、そこに住む人々の絆と、その地方
       独自の強い生き方を感じます。・・・ やっぱり旧街道歩きは良いですょ!


                                                     <                     
                                              2008年9月記・PHP



         「旧街道歩き旅」に参考にした資料です

旧街道資料-1

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ーー後記ーー

  *旧東海道を歩く間、たくさんの方の出会い、たくさんの感激する話をしながら歩いて来ました。

  某有名大学の卒業記念に、日本橋から京都三条まで、いかにお金を掛けないで歩くか、と言う
  外資系の金融会社に就職の決まった、凛々しい22才の男子学生と、静岡府中宿付近で知り合い、
  今頃の頭のいい学生と「感心しながら」ほぼ一日同行しながら旅をしました。  

  また「宇津ノ谷峠 山中」を超えた所では、世帯数20軒たらずの小さい集落で、
  「ひなたぼっこ」をしていた地元の方と知り合い、声を掛け 不審者扱い?されながらも、皆さんで
  記念の写真を撮って、自宅に帰ってから送ったら、約一月後、
   お礼にと「わざわざつきたての餅を」送って頂くような事が有り 感激の涙が出るような嬉しい出来
  事が有ったりしました。  

  また街道歩きを始めて最初の頃、「真夏の里中」 うかつにもリュックの「水」が無くなり近くで農作業
  をしていた方に、訳を話したらわざわざペットボトルに冷たいの水を汲んで入れて頂き、その方を探しお礼
  の手紙を差し上げたら、近くの「歯科医の先生」との事が分かり驚き、感謝・・・

  まだまだ旅の途中、沢山の感激する出来事を、いっぱい体験してきました・・・。
  

    下の写真「袋井宿」ここは、東海道ー日本橋と京都三条、どらから来ても27番目の宿場
  「ど真ん中、袋井宿」のお休み処、  街道歩きの旅人は、ほとんどの方が立ち寄る休憩所
  ですが、「石川県から来ました」と、伝えると珍しいのとの事で、大変感激されお世話になり
  ましたました

東海道53次袋井宿

       日本は「広い」と思います。ロマンを追いかけ「健康的 浮浪者」を続けています 


     



   (ブログ「旧東海道歩き旅」・「旧中山道歩き旅」は容量サイズ都合上削除しました)


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[ 2018/05/02 01:11 ] 東海道を歩く旅 | TB(0) | CM(0)

佐屋街道 (東海道脇街道)を歩きました


「佐屋街道」を歩いて来ました

6~7年前に旧東海道を歩いた時の、忘れ「脇街道」・・・一昨年歩いた「姫街道」も

その一つですが、今回歩いたあまり知られていない「佐屋街道」は旧東海道 42番宿

「宮宿」から 43番宿「桑名宿」の陸路、 迂回街道を歩いて来ました

佐屋街道p0001

今回は、YouTubeで案内です



無事ゴール出来ましたが、途中チョットしたトラブルが有りました 名古屋近辺だから

コンビニはあるだろうと、リュックに食べ物も入れずに歩いて うかつにも昼食に有り付け

なかった事もそうですが、初めて訪れる旧道ですから、地図が一番大切ですが、そのス

マホの地図ソフトが突然作動しなくなり・・・・大慌て そのトラブルで進む道が分からなく

なり街道途中で1時間ほどのロスタイム・・・・おかげで行く予定をしていた「津島神社」

へ訪問出来ませんでした

  まぁ~こんなことが起きるのも、「旧街道歩き」の語りぐさの一つになるでしょう

今年も 風の吹くまま・・・街道歩きをつづけます・・・・・


 





[ 2017/01/04 14:11 ] 東海道を歩く旅 | TB(0) | CM(2)