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ひめ街道を歩く旅-②

ひめ街道二日目です しかし朝起きたら強い雨

今日は大変なことになりそう  宅急便で自宅に返送する予定の段ボール箱

からレインウエアーを再度出して雨支度です   今日の天候は晴れのつもり

でいましたから 急きょ予定を変更   こんな事も 有ろうかと旧街道を歩く

ときは、コースによっては 雨のことも考えに入れて行きます  

どうも今回がその「急きょ変更」になりそうです   タブレットの地図データを

見て、今日歩く一番の難所「本坂峠」は途中で「本坂トンネル」を通過に

コース変更して出発


姫街道2-1


鷲津駅近くのホテルに一泊しました 良いホテルでした いつもネットで「口コミ」

を半分参考に予約を入れていますが、今回のホテルは口コミ通り良いホテル

でしたJR鷲津駅から、通勤客に混ざり 新所原駅 天竜浜名湖鉄道三ヶ日駅

下車 ここをスタート8:25分


姫街道2-2


釣橋川の近くに「姫街道の由来」を書いた大きな案内板が有りました 姫街道

は、山中の峠越えをするが東海道より 少し短いのだ、初めて知った 

姫街道2-3

こちら⇒●県立三ヶ日高等学校●・・「自彊不息」(じきょうやまず)が学校の

モットーらしい    この辺は「三ヶ日みかん」の産地です みかん流通セン

ターの前を通過

姫街道2-4

「釣村」の秋葉灯籠が有りました明治十四年の社です この辺は「釣」と言う

地域ですが珍しい名前です

姫街道2-5

みかん畑の間を進みます 雨足が少し弱くなってきました 嬉しいです 途中

「華蔵寺」に立ち寄りました創建 1556年曹洞宗の立派なお寺です 

お参りをして 通過

姫街道2-6

みかん畑も 次の収穫の為に苗木を育てています

姫街道2-7

姫街道で 唯一残っているのがこの本坂一里塚です・・・裏には天保四年の

馬頭観音がありました

姫街道2-8

1807年の秋葉灯籠 と高札場跡ですが この辺は村のお祭りの時 ここにも

「のぼり旗」を立てて お祝いをするようです

姫街道2-9

国道と村の中を相互に通過しながら 街道をを進みます

姫街道2-10

ここから、右の方へ上がって行くと「本坂峠」 旧姫街道のメインルートですが

この雨では どうしょうもない!   危険と判断して断念 (峠まで約1時間・

下りで1時間かかるようです)

姫街道2-11

国道の「本坂トンネル」を通過することにしました それでもトンネルは約1,5

キロ有りますやはり国道です 大型トラックが すぐ横をビュ~ン ビュ~ンと

通過します 歩くと結構長いです  トンネルはうす暗いしやっぱり圧迫感

がありますょ~

姫街道2-12

抜けたら、愛知県豊橋市です しばらくで「旧街道」と合流します

姫街道嵩山宿(すせじゅく と読みます)「杉のむらだち 下にみて 幾重の

ぼりぬ
すせの大ざか」と詠まれているように、ここ嵩山の「本坂峠」

と昨日の「引佐峠」が旧姫街道では難所でした

姫街道2-13

豊橋は「筆の町」でした・・・知らなかった

姫街道2-14

峠の向こうは「ミカン畑」 峠のこちらは「柿の木畑」 トンネルを越すとこうも違

うのだ!  後で知ったのですがこの「中採長楽鉱山」から掘り出された「輝緑岩」

と言う 岩石が東京六本木ヒルズビルに使用されたそうです
 
姫街道2-15

まだ雨が降ったり止んだり」ではっきりしない天気です お昼ご飯を食べたいの

ですがなかなか適当なところが見当たらない スタートしてから ほとんど休み

無しで歩いてきたので少々疲れた・・・・・・・ 近くのコンビニで雨宿りをお願いし

てサンドイッチとコーヒーで腹ごしらえをして 30分ほど休憩しました 

豊川市です ここはやっぱり曹洞宗の寺院 豊川稲荷・・こちら⇒●豊川稲荷 HP●   

街道からは少し外れるが せっかくだから立ち寄ることにした ここも外国人

が多いお参りをして 少し休んだ  ここにきて 雨が止みました 

お寺前で「稲荷寿し」を買いました なかなか美味しい 帰り時間を調べました

金沢までちょうど良い時間に帰宅出来そうなので 今回の「旧姫街道」の旅は

ここでお終いにしました

姫街道2-16

●未知の街道を久しぶりに歩きましたが、「やっぱり街道歩き」はいいです

 地元のウォーキング大会も ツーデーウォーク参加もそれはそれで、良いですが

 それとはちょっと違った楽しみが「旧街道」にはあります

一里塚


 どうも「爺」にはこの「未知の道」に魅力を感じるのかなぁ~ まだまだ「旧街道」

は全国あちらこちらにあります 

しばらくはじっとしていて、気が向けば又どこかへフラッ~と出かけるのでしょう・・・

            ーーーーおわりーーーー
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[ 2014/08/31 22:02 ] 姫街道 | TB(0) | CM(4)

ひめ街道を歩く旅-①

この旧街道はいつか必ず歩こう・・・・思っていました・・・
静岡県 北浜名湖側 「旧姫街道」を歩いてきました 

hime-1.jpg

姫街道は旧東海道53次の28番宿「見付宿」から35番宿「御油宿(ごゆ)」まで浜名湖の北側

を通行して 気賀宿~三ヶ日~本坂峠を通って嵩山(すせ)豊川から御油まで60キロ・・・・

2日間の予定で、この距離は少しきつい、まぁ~行けるところまで行こう・・・


姫街道1


自宅を早朝 4時40分に出て 05時07分発の米原行に乗り 米原で新幹線を乗り継ぎ

浜松駅 そこから「遠州鉄道」に乗換え 「姫街道」のスタ~ト地点 「自動車学校駅前駅」

下車。  8時40分歩き出す・・いつもの街道歩きのように   街道歩きの始まりの気分は

何度となく 味わってきたが やった者しか感じることが出来ない「未知の街道への出

発」の緊張感を 今回も感じながら出発です


姫街道2


もう5~6年も前になりますが、「爺」が「旧東海道歩き旅」をしていた時

「御油宿」辺りで知り合った 街道歩きをしていた方に、「東海道を歩いているのなら海沿

いも悪くはないが、浜名湖北側のこの姫街道はぜひ歩いて下さい」と 「姫街道」の良さを

こんこんと聞かされまして そんなに物語多き楽しい街道なら いつかは絶対に歩こうと

思っていた「旧街道」です

姫街道3

「姫街道の松並木」は4キロほど続きますが、旧東海道でも なかなかこれだけ立派な

松並木が残っているところは 少ないです    半僧坊道の色が濃くなり何箇所もの

「里程石」も残っています   旧街道らしい 道沿いを歩きます

姫街道4

姫街道と名の付く街道は「北浜名湖の姫街道」の他に全国にアチラこちらに存在してい

ますがここは、旧東海道の脇街道で 別名 東海道本坂越え街道などと呼ば

れた貴重な街道でした      
    「北浜名湖の姫街道」の名前の由来は諸説があります

● 浜名湖の新居宿の関所は「入り鉄砲出女(でおんな)」、特に出女(事情があって

  江戸から地方に出て行く女性の通行)に対して取り締まりが厳しかったから、こちら

  の脇街道の「姫街道」を通行する女性が多かった

● 舞阪宿、新居宿間の海の危険を女性が避けたから

● 今切関所、「今切」渡しという「今切」の言葉は女性には不吉と思われたから

● 旧東海道より前に 主要脇街道として利用されていたので「ひね街道」と呼んでい

  たのがなまって「ひめ街道」と変わった

姫街道5

など、諸説ありますが、実際にお姫様もお忍びで通行していたたようです・・・

薩摩藩島津家の「篤姫」が将軍家に嫁ぐ際にも、姫街道を利用したと記録され

ています            それだけに物語の多い街道です   

姫街道6

いつもの 旧街道の風景が見られますが 歩いていて地元の方に この史跡は何で

しょうか?と尋ねても 「さぁ~?」こんな返事が多いです・・・    写真を撮って帰っ

て調べてみて驚く事が結構あります  意外と地元の方も知らない歴史がありますょ!

姫街道7

この下の写真「めざせあいさつ日本一」・・・何の「のぼり旗」?・・・ここ気賀地区の子供

たちは日本一挨拶が良い子供たち・・・・「気賀小学校は、どんな学校」と聞かれたら

皆さんに、すぐにこのように答えてほしいと思っています。   答えてほしい一つ目は

「日本一の挨拶がこだまする学校」です     学校の中は勿論ですが、学校の外で

も日本一の挨拶が交わされる学校にしましょう「大きな声で、いつでも、どこでも、誰

にでも」をきちんと実践しましょうこれがモットーです・・・・・

これはここの小学校の 校長先生が 言われた言葉です

現に 「爺も遭遇しました」   向えから歩いてくる4~5人の小学生に「コンニチ

ハ~ッ!」と皆に声を掛けられました・・・・驚きです  しかし気持ちの良いもんですょ~


姫街道8


上の写真で「畑の写真」が有りますが 気賀の手前で ご婦人が 畑を耕しておら

れたので少し話をしました「お歳は91歳」・・驚き・・・2000坪の畑を所有して居られ

るそうで 写真のような濃い茶色の畑はこの辺一帯で 特に「根菜」には 肥沃な

土だそうで 「ジャガイモ」や「里芋」 「大根」が美味しく育つそうです   

家庭菜園をやって居ると 聞いて見たくなるもんですょ~。

姫街道9

姫街道10

気賀で「冷やしラーメンで昼食」をとり  いよいよ今日の メイン「引佐峠」(いなさとうげ)

です・・やはり 山道です小雨が降ってきました  近くで集配をしている郵便局の方に

「引佐峠」越えは 歩いて何時間位掛かりますか?聞きましたが・・・驚いて!

歩いて行くんですかぁ~ 「さぁ~?分かりません」 どうして車で行かないのですかと、

逆に聞かれてしまいした・・・

「爺」の事前の調べでは 約2時間の予定 ですが 地元の方がより正確かなと

聞いてみたが分からない?  困ったもんだが、それも旧街道ではよくある会話です・・・。

姫街道11

「引佐峠」は 金地院道標から、登り坂を4回登ります  しかしこの姫街道は 道標が

しっかりしていますので あまり迷うことが有りません  観光協会や地元が力を入れて

入る事が理解できます       その昔 ベトナムから八代将軍・吉宗に献上された

「享保の大象」の通行など、 日本で初めて「象」が通った街道です・・・

DSC01048-123.jpg     

姫街道12

1707年の旧東海道筋を襲った大地震が発生して、東海道が通行困難になりそれが

発端で  この姫街道の方が栄えて、旧東海道の宿場は通行人が少なくなり、困り

果て幕府は 1717年に 特別なこと以外は、大名や旗本がこの街道を通ることを

禁止しました。

それ以降 この道は時折宮家・公家大名の貴婦人の大きな行列が通るだけの静かな

往来になったと言う事です

姫街道13

かなり長い 石畳が続きます 旧街道らしくて見た目は良いのですが、小雨の中で

はよく滑ります

昔の「わらじ」でこの石畳を歩くのは さぞや大変だったでしょう

浜名湖

頂上近くで 浜名湖が見渡せる 広い場所に出ます  

熊や 猿が出そうな暗い山道で明るい場所が現れると ホッとします そういえばこの道 

よくある「熊出没 注意」の立て札が見当たりません・・・熊は出ない地域かな?    

その代わり「ヘビ」にたびたび出会う   気持ちのいいものではない

姫街道14

     引佐峠頂上です

姫街道10-1

   

坂道が厳しくって象も悲鳴をあげたという「象鳴き坂」です  「爺」も悲鳴をあげました(笑)


姫街道10-2


かなり下って来ました     予想より 早く通過出来ました 人にはまったく会いま

せんでした         小雨でうす暗いし 恐ろしくて結構急いで通って来ました 

1時間半くらいで峠越え出来ました

姫街道15

「大谷一里塚跡」を通過します

姫街道16

引佐峠を下り一路三ケ日へ向いましたが ここから三ケ日までは特に見るべきも

のも 無さそうだし  今日は24キロ程歩いたし 雨にも降られ予定時間を少し過ぎ

ましたので、天竜浜名湖鉄道「三ケ日駅」の手前の「都筑(つづき)駅」から ホテル

に向う事にしました

           ---- つづく ----
[ 2014/08/30 15:11 ] 姫街道 | TB(0) | CM(2)