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西国街道を歩く旅・・・3日目

山陽道の起点 西宮神社へ
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前回の終点 阪急電車 桜井駅からのスタートになりますが、今回は旧街道の静かな
街並みを歩き旅とは少し違い、 改めてその事を深く考えさせられるルートを行く
ことになります。
その事とは、
    一番目は、1995年1月17日に発生した、M7.3の「阪神・淡路大震災」で
    大被害を受けた神戸・長田地区を通る事、ちょうど17年前になります。

    二番目は、2005年4月25日朝9時18分 JR宝塚線で満員の通勤客を乗せて,
    脱線事故を起こし、多数の死傷者を出した場所。しかも、今回歩いて通過する
    その日が、その事故の裁判の判決が下る日。

    三番目は、2008年7月28日に神戸市 灘地区を流れる都賀川に架かる篠原橋
    付近で、突発的 集中豪雨によって急増水して、近所の幼い子供たちが流され、
    死亡するという痛ましい事故がありましたが、その場所を山陽道が通っています
    がそこを通ります。
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「爺」もかなり、あちこちの街道を、歩いてきましたが、これだけ最近の大きな出来ごと
があった場所を通過するのは、初めてです。
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現在、歩いています西国街道は、山崎街道ともいわれ、京都から西宮宿までを西国街道
大阪から西宮宿までを、中国路といわれ、今日向う西宮神社が旧山陽道の、起点と考えられます。
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ここは「髭の渡し跡」昔は渡し船頭で活気に満ちあふれていたそうです。すぐ横には
生活をしている様子?住居らしい?                          

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往時西宮宿は、商売繁盛の神様 鯛と釣り竿を持つ姿、「えべっさん」 と親しまれる 恵比寿神が祀られ 人口2000人 旅籠64軒の大きい 門前町でした。
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西宮神社は 福の神として崇敬されている えびす様をおまつりする神社の総本社です。

今日1月10日は、十日えびす・・「えべっさん」の日です。西宮神社は本殿への一番乗りを競う「開門神事福男選び」が行われ、約3000人が約230メートルの参道を駆け抜ける行事で全国的に知られています。   それにしても凄い 人・・人・・人の波に流されながら、お参りをしてきました。

今年「一番福」になったのは、福井県出身で福知山市に住んでいる福田さんで 「福」が3っ重なり、今年はいい年になりますようにと、笑顔を見せたと地元ニュースは伝えていました。
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本日はここまで   --つづく--

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[ 2012/01/15 09:36 ] 西国街道を歩く旅 | TB(0) | CM(0)

西国街道を歩く旅・・・2日目


二日目の朝、大変寒い!!

昨日は4万歩歩いたので、今朝は少し影響するかなと思いましたが

意外と足は何ともなく一安心。西国街道 芥川宿から二日目です。

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高槻駅から直ぐ近くの「上宮天満宮」に寄って見る、天神山の高台に社が有り、急階段を登る。社

殿の説明によると、全国の天神社のうち二番目の古社と言われている。

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山崎 天王山の合戦では、秀吉軍の本陣がここに置かれ光秀に戦勝した事に感謝して1590年に

土地を寄進し、社殿を修造している。

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芥川宿からの街道1日目と同じように連子格子や虫籠窓の白漆塗り壁の建築が見られる。


それと、街道歩きでは、これもよく出くわすのだが、「仇討ち」があった場所だ。

この近くにも「芥川仇討ちの辻」との場所がある、今では考えられないが仇討ちが、

認められていたのですから、大変なことです。

江戸時代に武士の特別な権利として、「仇討ち」と言う制度があったようだが、

これも、現代でよく使われる日本的考え方の「喧嘩両成敗」がこの制度の根底にある。

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緑の多い旧家や立派な建物通りを 抜けると、右手に「今城塚前方後円墳」が見える

墳丘の長さ190メートル、二重濠の長さ350メートルの巨大な古墳で良く整備され

近隣の住民の方がウォーキングや、ジョギングを楽しんでいる。

6世紀の大和政権の大王古墳と推測され、第26代「継体天皇」の御陵であると学会の

定説になっています。

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しかし、「継体天皇」の御陵は1.5キロ程先にある「太田茶臼山古墳」であるとの

説もあり現在の所、宮内庁は「太田茶臼山古墳」を「継体天皇」の御陵と指定しています。

しかし、そうではないという考えのほうが優勢です。

日本の歴史上、重要な事でしょうが、すぐ近くにかくも大きな「古墳」が

二つもあるのは、神秘です。

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しかし、歩くにつけ、だんだんこの「西国街道」興味が湧いて来ました。

あまり話題にはなかったこの街道に面白い話がいろいろある事に・・・・知らない事も

沢山あるし、日本は広いなぁ~と,あらためて感じました。

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西国街道二日目は「34000歩ほど程」の歩きで「阪急 桜井駅」まででひとまず一服です。
あと一日で「西宮神社」はゴールインですが、次回にしましょう
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[ 2011/12/30 01:01 ] 西国街道を歩く旅 | TB(0) | CM(0)

西国街道を歩く旅・・・1日目


久しぶりに街道歩き旅に出ました。今回は、西国街道(山崎街道)

プロ野球のペナントレース終盤などで「次の試合は天王山の戦い」

などと耳にしますが、その昔、羽柴秀吉が、天下人への階段を駆け上る引き金となった明智

光秀との大合戦は、京と大阪を結ぶ山崎街道を中心に激戦が繰り広げられたのであった。

今回は、その西国街道を歩いてみます 朝早く京都駅を下車


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とりあえず東寺をスタート

終着予定は西宮神社、約60キロ程たが、二日ではチョイ無理かな?


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街道の両側には、虫籠窓や連子格子、白壁造りの古い建物も、数多く見られ往時の、面影が

あります。


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旧西国街道は、道幅が狭く歩道が無い所が多い、しかし街道は、色付ブロック舗装がされ、

整備されている 

 
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歩き出して、感じたが、京都から西宮だから、都市部を行く事になるだろと想像していたが、

街道は人通りが多くなく、古代から人々が往来した道筋とほとんど変わっていない。


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天王山の戦いに秀吉や光秀が通ったのも間違いなくこの街道であろう。


西国  

問題の天王山は標高270m程で近くの方の犬の散歩コースになっている位だから、そんなに

凄い山では無いが、何といっても、戦いの凄さが、歴史に残るから、今でも語りぐさにされてい

る。 
 
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今日の、予定はJR高槻駅ほぼ予定通り到着  久しぶりに4万歩の歩きでした。


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                        ---------------つづく------------
[ 2011/12/24 21:48 ] 西国街道を歩く旅 | TB(0) | CM(2)