FC2ブログ






甲州街道を歩く旅[38番韮崎宿から43番上諏訪宿]③


甲州街道三日目になります。天気予報によると、どうも雨模様になりそうです

しかも気温が低い。10度を下回っています。昨日のゴール「富士見駅」からス

タートするのが、通常の歩き方ですが、今日は自宅に戻る日、天候が怪しい、

二駅先の「すずらんの里駅」からスタートする事にしました。

甲州街道3-1

あまり聞いたことのない駅なので、チョット調べて見ました。「請願駅」(地元

住民や駅周辺の企業などの要望で作られた駅)です。ここには「セーコーエプ

ソン」の精密機器。ロボットの大きい工場と関連会社があり、会社が2億円を

負担して出来た駅との事です

甲州街道3-2

いつもより少しだけスピードを上げて行きます。日本橋から四十八番目の一里塚

街道には東西両塚にあったようですが、今は西塚の樹齢400年の「ケヤキ」一本

のみになってしまいました。  現在ここは、標高970m近くです

甲州街道3-3

ここを抜け下り坂左の山中腹にエプソンの8階立ての社宅か?すぐ近くにはテ

ニスコート前方にも、大きいマンションがそびえています

地元の方が植えてのでしょうが 変わった植え方で「玉ねぎ」が育っています

甲州街道3-4

道祖神だと思いますが、朽ち果てていて良く分かりません 

「馬方宿」です下に馬をつないで、馬主は二階に宿泊をしていたようです 旧街

道らしい光景です  「りんご・かりん」の看板 「かりん」の産地かな?

甲州街道3-5

この辺は「金沢宿」と言います 金沢宿は山間の小さな宿場で、人口600人余り

手前のの蔦木宿とほぼ同程度の規模であったようです 宮川に架かる金沢橋の

たもとに、仏像や石碑がたくさん並んでいましたが、この近くに「刑場」があった

ようですから その供養塔かと思います   今は「不燃物」の集積場になって

いました 茅野市史跡「権現の森」で左折します

甲州街道3-6

大門の追分を過ぎ、大きな灯篭がありましたが、「とうきょう」との文字が書か

れているので見た目より最近の物でしょう

この辺で「冷たい雨」が降って来ました。雨合羽を着たいのだが、国道で大型トラ

ックがビュンビュン走るので、場所を探していると、近くの園芸用品を販売してい

る店があり店の方に、お声掛けをし 石川県の金沢から旅をしていますと言いま

すと、「ここも同じ金沢宿ですよ!」と・・・・・ 話がすすみ お願いして着替え場所

を借り あつかましくもトイレもお借りしました。  ありがとうございました

甲州街道3-7

巨大な常夜灯?のような灯篭がの前で写真。左江戸みち 右大明神江と書いて

あります 気が付いたのだが、この付近に立っている道標や 石仏等どれも

諏訪方面に向かって立って居る物が多い。江戸方面向いているものが少ない

何故だろう?

甲州街道3-8

かなり遠くまで続く急階段がある「足長神社」別名諏訪大社の

祭神・に随従する神。   桑原地域が一つの郷であった頃は足長并神・手長神

を合祭していたが、その後別々に祭るようになったと書かれているので、きっと

近くに「手長神社」もあるのでしょう。

甲州街道3-9

下仁田ネギのようなネギが植えてありました。歩いていてこの種のネギをよく見か

けますこの地区は「寒天」も良く作られているようです 。群馬県と気候が似ている

からかと思います    雨がやみました。 近くの方に、ここから上諏訪はどの位

ありますか?と聞くと「もうすぐですあと5~6キロです 頑張ってください」 「爺」の

この姿を見てもうすぐ5~6キロ?!

5,6キロはもうすぐの距離感かな!  それからしばらく歩いて今回の街道歩きで

     初めて甲州街道を歩いている「旅人」に会いました

    お互いに「頑張りましょう」と、お声掛けの挨拶をしてすれ違います  
    
    それぞれの事情があるので、街道歩きではよくある事です

甲州街道3-10

  上諏訪の町に入って来ました もうすぐゴールです 

 最後に「教念寺」に「無事にここまで何事も無く旅が出来た」お礼のお参りをし

てから駅に向かいます。 ちなみに教念寺は諏訪湖湖畔七福神の

  弁財天を担当しているお寺です。

甲州街道3-11

   上諏訪駅から松本経由、長野駅から北陸新幹線で帰りました



10年間程続けた「街道歩き旅」もこれで一区切り  帰ってから
10日ほど経ちました、 しばらくは「歩く事に対して抜け殻」のような気持ちでした。 
が、これではいけないと、また地図を広げて眺めている日々です


                       -----終わり-----


スポンサーサイト
[ 2018/11/19 15:00 ] 甲州街道を歩く旅 | TB(0) | CM(0)

甲州街道を歩く旅[38番韮崎宿から43番上諏訪宿]②


街道 二日目 昨夜は宿泊したホテルでゆっくり休めました
朝、甲府駅から韮崎駅までJRを利用しましたが、丁度通勤ラッシュ時と重なり満員
列車。 韮崎駅前で、一日4便しかない山梨交通バスを待ちます
前日のゴール地点「台ケ原宿」まで来ましたが、乗客は「爺」と地元の女性一人
のみでした。下車時に運転手の方から「帰りもここから乗りますか?」とお声がけが
ありました
「いいえ、ここから先は街道を歩きます」と答えると、歩く?不思議そうな顔をしていま

した。  良くある事です!

甲州街道2-1

台ケ原宿はここからです、天気は快晴・・ 富士山が期待出来ます。

   「日本の道100選」に選定されている街道を歩きます

甲州街道2-2

 秋葉大権現常夜石灯篭で写真 ここが本陣跡です 旧街道らしく立派な「松の木」

 が植えて有る家が多くあります

甲州街道2-3

宿場中ほどに、江戸時代(1750年)創業、山梨銘醸(株) 歴史の老舗酒蔵です。

軒先に立派な「杉玉」が吊してありました 蔵元一押しは 「七賢 大中屋 純米大吟

醸」甲斐の国駒ケ岳の伏流水で仕込んだお酒は、清らかでキレのある味わいが特徴

スイスのダボス会議の公式レセプション4年連続で使用されている 銘酒だそうです。

  店先で「写真を撮らせて頂いて良いでしょうか?」お聞きしましたが、どうぞ、どう

ぞと・・・「お酒の試飲はいかがですか」と言われましたが、その雰囲気に負けてお断

りしてしまいました

隣の母屋は明治天皇ご宿泊の「行在所」見学も出来る様でした。建造物や、売り場

などの全体に歴史を感じる趣きのある酒蔵でした。

甲州街道2-4

「七賢酒蔵」の向かいは、「金精軒」という和菓子屋さんで、明治35年の創業、山梨

名物「信玄餅」はこの「金精軒」の登録商標だそうで、歴史のある店舗が並んでいます

「登記所跡」と「台ケ原一里塚跡」の前を通過します

甲州街道2-5

「諸国旅人御宿屋鶴屋」と書かれた旅籠が有りましたが、営業はして居ないようです?

秋晴れの街道をしばらく歩くと、干し柿にする「柿」を収穫に来た地元の方と会い

ました10分程、この地区の畑の話を伺ってから、カメラのシャターを切って頂きました

甲州街道2-6

国道20号の表示板には諏訪31キロの表示 左側に大きな常夜燈が有ります 国道を

離れ しばらくで眼下に広大な田畑が広がります 「明治天皇御田植御通覧之址の碑」が有

りましたが  江戸時代から明治の新政府になり、まだ政府の基礎がまだ固まらず、明治

天皇全国六台巡行の際この地区にも立ち寄られ、この場所から田植えをご覧になった

場所です 教来石宿に入って行きます

甲州街道2-7

 前後しますが、白洲地区に入ります。濁川橋を渡りしばらく行くと、サントリー製樽工

場があります。この辺りウイスキー博物館やサントリー白洲工場 周りはサントリー関

係会社ばかり そういえば「シングルモルト白洲ブランド」の高価なウイスキーが有

りました  あの有名なウイスキーはここで作られていたんですね  洋菓子のシャト

レーゼの工場も近くにありました。 

甲州街道2-8

 郵便ポストを見ると、収集時間は一日一回のみでした。

 山口関所跡、信州口を見張った国境の番所で標示によると。

天保七年大きな百姓一揆が有り「甲州騒動」の暴徒がこの地に押し寄せた折

防止せず門扉を開いた判断をとがめられ、番士が「扶持召し上げられ」の

処分を受けたことである関所です 甲州と信州の国境まで来ました

甲州街道2-9

  石碑があります これは教来石出身の山口素堂の句碑です。

有名な 目には青葉 山ほととぎす 初かつおの有名

な句碑があります 「日蓮上人の高座石」のあるところで遅い昼食です。その昔、村

に悪病が蔓延しその時日蓮上人が村人の為、三日三晩祈祷を行ったようですです 

「爺」もここで一休みです。

甲州街道2-10

蔦木宿(ツタキ宿)に入って行きます 民家の軒下に日に照らされて「干し柿」が

吊るされています 秋ですねぇ~!  

甲州街道2-11

街道の家々には江戸時代の屋号が記された「表札」が下げられております 

 街道の風情は感じますが。この町並みは、旧東海道や旧中山道、でも見かけま

したがここでも人々を見かけず 住民が生活している気配を感じません

 旧街道・・寂しさです

甲州街道2-12

今日はここまでで「歩き」を打ち切ります 「秋の日はつるべ落とし」と言われるように

午後三時頃から、急に寂しい夕方になって来ます 人それぞれの感じ方ですが

 「爺」は、街道歩きをしている時、特に「秋の」この情景は好き

でありません ですから 秋の時期の街道歩きは早い時間から歩き始めて、

午後は早めに打ち切る これを実践して歩いています

旧街道のルートから少し外れて、 JR中央東線「富士見駅」で二日目をゴール。

昨日と同じ甲府駅前のホテルまで戻ります 戻る車中から「富士山」が美しく

 望めました 三日間で、すばらしいに富士山が見えたのはこの一回だけでした

     今日は良く歩いた33000歩 25キロを歩きました
                 
                                  ------ つづく------



[ 2018/11/16 06:30 ] 甲州街道を歩く旅 | TB(0) | CM(0)

甲州街道を歩く旅[38番韮崎宿から43番上諏訪宿]①

旧甲州街道を歩いてきました
2008年夏から始めた「旧街道歩き」も10年になりました。
東海道 中山道 山陽街道 甲州街道 その他脇街道を含めて 2000キロ程の歩き
旅を続けて来ましたが、今回の甲州街道で一区切りを着けようと旅立ちました。

甲州街道地図2018 
(この地図は街道歩きの大先輩アンドーさんの物をお借り致しました)
--------------------------------------------------------------------------------------------

都合で前泊が東京多摩「町田市」、早めに宿を出て韮崎駅に着いたのが9時過ぎ

日本橋から三十八番目の韮崎宿をスタート 天候も良く楽しい歩きが出来そうです

韮崎宿から上諏訪宿まで約65キロ 甲州街道は山間部でアップダウンがあり、一日

で歩ける距離が読みにくい。韮崎宿の標高は350m、これから先標高1000m近くまで

登坂が続きます

甲州街道1-1

韮崎(ニラサキ)の名の由来は、街道右手に韮の葉のように30キロほど続く「七里岩」の壁の

ような台地 その台地には韮が自生していたとの説があります

甲州街道1-2

どこの宿場もそうだが、人々を見かけないヒッソリしています 宿場に見られる家並みが

ここもギザギザに建てられているなぜか?諸説あるが敵が攻めてきたとき守りやすく

する説、大名行列が通るとき、地べたに座り頭を下げて居るのが辛く隠れやすくしてある

説等・・・ 風刺の効いた歌に「〇〇〇宿いつ着て(来て)てみても 襞(ひだ)のとりよで

襠(まち=町)悪し」この宿場は袴のひだをとったようにギザギザで見通しが悪い

甲州街道1-3

空海が観音石仏を安置したと言われる「雲岩寺」を訪ねた後 国道20号へ出る 諏訪まで50

キロと書いてあるが旧街道はそんなに近くはない距離。  「七里岩」台地が続きます

甲州街道1-4

仏碑を見て、気が付いた・・「昼食を買うのをすっかり忘れていた!」

近くにコンビニは無い・・郵便配達の職員に尋ねたら、ず~と向こう5キロ程先に

コンビニがあるよ!との事。 しかたない歩こう

甲州街道1-5

この辺の側溝に流れる水はすごく綺麗、しかも流れの底の方は真白い砂も同時に流れて

いる、その砂があげられて道端に積んである。多分「七里岩」から流れ出る水と関係があり

そうですが、その事を聞こうにも誰にも出会わない。

甲州街道1-6
甲州街道1-7

古道は石仏をよく見かけるが、見るからに時代経過が長く刻印されている文字も

読めない 街道歩きの方からこの辺から「富士山が見渡せる」と記されいるが、

今日は、残念ながらまったく見えません 住民を困らせた「釜無川」を過ぎて小高い所

に「原山神社」がありました。この神社珍しく「両部鳥居」です 先輩が訪れた時、拝殿が

荒れていたと記されていましたが、修復されて立派な拝殿になっていました。

甲州街道1-8

右手に「八ヶ岳」を眺めながら「徳島堰(せき)」と呼ばれる水路が続きます

氾濫を繰り返す「釜無川」からの水流を利用した16キロに及ぶ灌漑用水で

江戸深川の商人「徳島兵左衛門」が私財を投入して工事が始まり官民の

協力によって完成された 今ではその水流を利用して「発電」が行われています

甲州街道1-9

一里塚跡がありますが「甲府から」と書いてある…新しい碑なので何かな?

 庚申塔がありますが、個人の敷地のようです

甲州街道1-10

この辺りは街道とJRの駅とはかなり離れている。今日は「台ケ原宿」から山梨交通のバス

での移動手段しかありません。

バス待ちをしていると、街道歩きをしている10人程の男女のウォーキンググループの方と

お会いしました、バスに同乗してお互いに楽しい歩き話をしながら駅まで帰りました。

 「爺」の今夜の宿は甲府駅近くに予約済、 明日はJRで甲府駅から韮崎駅まで来て、今日の

バスに乗り換えて再度「台ケ原宿」まで向かい そこから歩き出す予定です 明日の天気は

  晴天予報

                 ---- つづく ---
[ 2018/11/12 16:22 ] 甲州街道を歩く旅 | TB(0) | CM(2)

甲州街道を歩く旅・・5~6回目



甲州街道を歩く旅・・前回からの続きですが、「爺」が歩いて通ってから、しばらくで

「笹子トンネルの崩落」と言う大変な事故が起きてしまいました。

多くの死傷者が出てしまいました。 楽しいはずの、ドライブが思いがけない事故に

巻き込まれ、亡くなられた方には、心からお悔やみ申し上げます

旧甲州街道はその高速道路の上を通るのが、ルートですが、街道を歩いた先輩が、

Webで「この峠の区間はかなり厳しいのでJRを使いました」と載せていましたし、昨日の雨もあ

り「爺」もこの区間は「甲斐大和駅」まで一駅JRを使いました

笹子峠

しかも、この笹子峠は「爺」がたまたま、先月、東京まで車で出かける用があって

「中央高速、笹子トンネル」を通って行って来ましたので  なお、思いがあります。

甲州2-1

甲斐大和駅から 国道20号線~441号線を 歩きます今日は昨日とは変わって、晴れの良い天気・・・

所々に甲斐の国 往時の栄華を誇る武田信玄に関わる寺院 神社があります

「大善寺」もその一つで武田勝頼が岩殿城に向かう時に、この大善寺に戦勝を祈願し

た寺で本堂は国宝である。

甲州2-2

この辺から「甲府 勝沼ぶどう」の産地で国道沿いにはぶどう棚の畑が一面に広がって

でいるが今はシーズンオフらしい。しばらくで武田家の菩提寺 恵林寺です  

この寺も武田家を滅亡に追いやった織田信長の手によって炎に包まれた

「心頭を滅却すれば火も自ずから涼し」ー有名な一言であるが、ここで信玄の禅の師

「快川紹喜」は燃えさかる火の中で唱え法衣に火の付くまま武田氏に殉じた

甲州2-3

甲府と言えばやはり「ほうとう」  441号線に有名な店「皆吉」築130年ケヤキ造りの

大きな民家で約一時間待って、美味しい「ほうとう」を食べました・・うまかった

ほうとう皆吉

今日は天気も良く快適な一日でした   最後に「石和温泉」の街道沿いの公園で足湯があり

疲れた足を癒し終点にしました  4万歩 27キロのコース

甲州2-4

-------------------------------------------------------------------------------------

翌日は自宅に戻ることもあり、少し早目のスタートです

「甲府の善光寺」・・・「甲斐善光寺」と呼ばれ信玄が川中島の合戦での勝利を祈り建てたお寺で、

「長野の善光寺」とは深いつながりがあります

信玄は越後の上杉謙信と衝突し、勢力は長野善光寺に及び、信玄は自分の領国である甲斐へ本尊など

を移したといわれ、以後、川中島の戦いの戦火は善光寺方面へ及んでいない。上杉謙信もまた領国の

春日山城下に本尊以下を遷しており、善光寺別当栗田氏も武田方と上杉方に分裂している。

甲州3-1


帰りの甲府駅で少し時間があったので、駅から歩いて往復一時間の武田神社に行ってきました

武田信玄神社は、そんなに古いものではなく武田信玄を祭神とする神社で、やはり「勝運」の

ご利益が得られる神社。     勝負事に勝、「人生そのものに勝つ」「自分自身に勝つ」

というご利益。    農業・商業・工業を振興され産業・経済の神としても信仰を集め、

行政の巧みさから政治家の方々からは、神として祟敬を集めている。旧社格は県社神社

甲州3-2

甲府から静岡までの「特急 ワイドビューふじかわ」・・からは、日本一の富士山がきれいに

見えていました            ・・・今回は おしまい・・・


[ 2012/12/06 13:21 ] 甲州街道を歩く旅 | TB(0) | CM(2)